2013年12月02日

伊勢神宮と三輪山の神仏たち〜女神がたどった「神仏ルート」を歩く〜後編

伊勢→奈良・山の辺の道ツアー。その2日目。

前日の伊勢神宮→田宮寺→仏像フレンチの夕べから、旅は続きます(前日の旅のレポートはこちら)。

今日行く「山の辺の道」は日本最古の公道で、神聖な古代信仰の山・三輪山を中心に、古代ヤマト王権が栄えたエリア。まさに古事記、万葉集の舞台がここ。
周りには古墳、神社、寺が混在して古代史の世界が体感できるという、私のような神仏古代史好きなんかはもう興奮して訳も無く走り出したくなる(笑)、夢のようなエリアなんですよね。天皇と神、のちに仏が入り混じって日本文化を醸成してきました。

山の辺の道の旅
みんなで歩いてきました!

仏像、神社、ヤマト王権、原始信仰といった、ワクワクドキドキ(なのか?)のキーワードをもとに、今日の旅がスタート!

1.慶派の原点・長岳寺
ただ、スミマセン朝イチはいきなり古代史とはちがうテーマなんですけど、まず長岳寺(ちょうがくじ)へ。
1151年、日本の仏像で玉眼が使われた最古の例として知られています。運慶が若い頃大日如来を彫ったのが1176年ですから、だいぶ古い。平安後期によくあるのっぺりはんなりスタイルとは異なり、キリッと引き締まってはつらつとして、その後の慶派に代表される鎌倉様式の萌芽を感じます。
ツアー参加者の中にもコレ目当ての方がいらして(運慶好きな人、多いんですよね)、すごく喜んでくれました。

山の辺の道の旅
長岳寺本堂
山の辺の道の旅・長岳寺
天井板には、武者の血の足跡が!

ただし、今回のツアーの主旨は、伊勢の神様が元々いたとされる、山の辺の道の寺社を訪れること。いったんバスに乗り込み山辺の道の南端へ向かいます。はい、ここからいよいよ古代史の旅です!

2.古代の交差点・海石榴市観音堂と金屋の石仏

山の辺の道の中心は、古代から信仰されてきた三輪山をご神体として祀る「大神(おおみわ)神社」。その南側を流れる 川に「仏教伝来の地」石碑が立っています。そこから歩いて少しのところにあるのが海石榴市(つばいち)観音堂。
海石榴市とは、日本最古の市場の名前。この地点は縦に山の辺の道が走り、横には長谷、伊勢へ抜ける初瀬道がある。南は飛鳥。文化と経済が行き来する交差点だったんですね。そこで男女の出会いもあり、雄略天皇と娘とその彼氏をめぐる恋の歌も残ってます(その彼氏は天皇に殺されちゃうんだけど)。今でいうと渋谷のスクランブル交差点か、銀座四丁目和光前、ってとこでしょうか。

山の辺の道の旅
「左 はせ いせ 右 ミワ なら」とある道標


観音堂自体はそれほど古いものではなく、観音の石仏は1500年代室町期のもの。地元の人たちによって大事に祀られています。

山の辺の道の旅
堂内に上げてもらい地元の人のお話も聞きました
写真撮影も許可いただけました



その近くにあるのが金屋の石仏。これはもともと大神神社の神宮寺・大御輪寺(だいごりんじ)のもので、三輪山の中腹に置かれていたそう。ご神体そのものである山の中に置かれたってことは、その価値は相当なものですよね。腿のあたりの衣文はいわゆるY字文。衣のしわが股間のあたりに集中して、腿はパンパンに張り出してしわが寄ってない形。このマッチョな下半身が平安前期の特徴なんですね。石仏のなかでもかなり古い部類に入ります。さすが奈良!

山の辺の道の旅
石仏を前に、私が解説させていただきました

山の辺の道の旅
普段は金網越しですが今日は特別に金網をはずして拝観。やっぱり見やすさがぜんぜんちがいますね
山の辺の道の旅
わかりづらいけど、股間のY字文。手は説法印を結ぶ
(クリックで拡大するけど見えづらいです。機会あれば実物拝観ください)


3.三輪山と大神神社

そしていよいよ、山の辺の道の中枢、大神(おおみわ)神社に入ります。
ご神体である三輪山のふもとに、立派な拝殿があって、その裏手に、山を拝むための鳥居がある。この鳥居が重要文化財なんですね。今回は特別に拝殿の裏側まで入り、鳥居を拝観させてもらうことに。
この鳥居は「三ツ鳥居」といって、3つの鳥居が合わさったような形をしています。なぜこの形なのかは諸説あり謎のまま。一説には、密教の影響もあるとかないとか聞きました。

山の辺の道の旅
拝殿は寛文4年(1664年)の再建(国重文)。
神職さんは前を通り過ぎる時に一礼します。


山の辺の道の旅
拝殿の中に上がって参拝

鳥居が文化財ということで、ついつい鳥居を拝むような気になってしまいますが、ご神体はあくまでも山そのもの。鳥居越しに山を拝むというのが正しいです。鳥居は撮影禁止ですが、こんな写真ご用意しました。

山の辺の道の旅
奈良まほろば館(東京)での模型展示。三輪山と三ツ鳥居。
イメージが伝わるでしょうか(クリックで拡大)


大神神社ができるずーっと前から、三輪山は古代人の信仰の中心だったようで、山中から古墳時代の遺物がたくさん見つかるそうです。信仰の原点は、おそらく人々が定住して農耕を始めた弥生時代にさかのぼると思われ、古代の素朴な自然崇拝の形が今に残っています。
近くには、「卑弥呼の宮殿だった?」とも言われ話題になった纏向遺跡もあり、この三輪山を中心に国が起こって、初期ヤマト王権ができたといわれてます。

三輪山と出雲、伊勢

この神社の祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)といいますが、これは出雲大社の大国主命の和魂(にぎみたま)、要するに同体であるとされます。この神様が、『古事記』によると矢の形になって娘と交わったり、蛇の姿になって姫と交わったり、まあいろいろおもしろエピソードがあるんですわ。

さて、ヤマト王権の主祭神は天照大神で、大物主神(=大国主命)は、天照大神に国を譲った側の神。それがどうしてヤマトの中心にいるんでしょう???

そのへんは、またもや諸説あるそうですよ。初期ヤマト王権と、そのあと進出してきた別系統のヤマトがあって、それぞれの神を尊重したとか、出雲や九州など地方豪族との提携で、それぞれの神を祀るとか、いろいろと古代史ミステリーがございます。
今年は箸墓古墳の調査も入ったし、これから徐々に解明されていくんでしょうね(それまで生きていられるかどうか)。

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箸墓古墳。これも蛇体神・大物主神との逸話がある


いっぽう、ヤマト王権の主祭神・天照大神が、今なぜ、ここからはるか東の「伊勢」にいるのか。
このへんも古事記に書いてあります。

もともと、天照大神はこの地にいたんです。
むか〜しむかし、天照大神は天皇と同じ宮殿に祀られていた。あるとき、疫病が流行って国がピンチに。どうやら天皇と同じところに神を祀るのが良くなかったようで、神様が落ち着ける場所を探すことに。それで長い長い旅を経て伊勢の地を見つけ、そこに鎮まったんだそう(※1参照)。

そう、今回の旅は、伊勢神宮から、その「実家」である三輪山を訪ねる旅だったのです。

今でこそ、天の神(天神)・天照大神と、地の神(地祇:ちぎ)・大国主命は出雲と伊勢に分かれていますが、もとをたどれば、ここで一緒だったというわけ。
そう考えると、山の辺の道、三輪山ってすごいですよね。まさに日本(少なくともヤマト)の原点は三輪山なのです。
謎めいた古代史のエキスたっぷり。いちばん濃厚なところですね。

山の辺の道の旅
大神神社近くの大美和の杜展望台に上ると、万葉集の舞台になった大和三山がよく見えます。(画面左から天の香具山、畝傍山、大神神社の大鳥居、あと写ってないけど耳成山がある)クリックで拡大します。

山の辺の道の旅
ここも古代史の現場。第10代崇神天皇(実質的な初代天皇とされる)ゆかりの志貴御県坐神社にもいきました

4.玄賓庵の不動明王

山の辺の道の旅
大神神社からしばらくこういう整備された道が続きます

山の辺の道を北上すると玄賓庵(げんぴんあん、げんぴあん)に到着。平安初期の高僧・玄賓の晩年の庵が原点。現在は高野山真言宗のお寺で、謡曲「三輪」の舞台でもあります。

ここの不動明王を特別に拝観させてもらいました。まず畳敷きの外陣に上がると、ここは日が差して明るいですが、仏像はずっと奥の暗がりにあってぜんぜん見えない。今回はその最奥部まで行かせてもらい、暗い内陣で不動明王と間近に対面。平安中期ごろの作とされ、奈良で最も古い不動明王像だそうです。
有名な東寺の不動明王みたいにどっしり座ってますが、前髪が逆立って、頭の上に載せた蓮の花が勢いよく開いて王冠のようでした。写真撮影NGだったんで記憶しかないんだけど、資料で出回ってる写真よりかは断然迫力と重量感を感じましたね。

山の辺の道の旅
玄賓庵の境内

山の辺の道の旅
ツアー参加のみなさん一生懸命歩いてます

5.元伊勢・檜原神社

玄賓庵からしばらく山道を歩き、たどりついたのは今回の旅の最終地・檜原(ひばら)神社。
ここは、天照大神が伊勢にたどり着く前に鎮座したとされる「元伊勢伝説」の地(諸説あるのでいろんな元伊勢があります)。さっき写真で紹介した崇神天皇の時代の話です。
社殿は無く、石組みと鳥居があるだけ、この四角い石組みは! まさに昨日行ってきた伊勢神宮にあったものと同じ形じゃないですかっ!
その上に、大神神社と同じ三ツ鳥居が立つ。まさに伊勢と大和が融合した形。
実際に目で見て、体感すると感動もひとしおです。
旅を締めくくるのにふさわしい場所でありました。

山の辺の道の旅
神秘的な空気漂う

山の辺の道の旅
みなさんお疲れ様でした。楽しい旅でしたね!


■■■2014年も山の辺の道!宮澤やすみの仏像ツアーと講座案内■■■
【講座】
 3/2(日)山の辺の道・当尾の道をあるく〜大和の古道と周辺の仏像〜

 4/26のツアーに向け、魅力を語りつくす事前講座です。
【ツアー】
 4/26(土)〜27(日) 当尾の里と山の辺の道、古代史&仏像めぐり

 このブログ記事にあるルートを歩きます。
 当尾の石仏、浄瑠璃寺吉祥天(秘仏拝観)、岩船寺も行きますよ


それ以外のツアー情報:
宮澤やすみと行く仏像(神社も)ツアー&講座 − 一覧表
好評実施中です。初めての方も全然大丈夫というか初心者の方対象なので、気軽に参加してください!



※1(補足)
崇神天皇と一緒に祀られていたのは、天照大神と倭大国魂(やまとおおくにたま)神という、二柱(ふたはしら:神さまを数える単位は柱という)です。
天照大神は伊勢へ遷りましたが、倭大国魂神は近隣の大和(おおやまと)神社に遷りました。そして、この大和神社の神宮寺として建てられたのが長岳寺です。

神宮寺=神社を管理するお寺のこと。このレポート(前後編)でいうと、
 【神社】 − 【神宮寺】
 大神神社 − 大御輪寺
 伊勢神宮 − 田宮寺(内宮、荒木田家系)
 大和神社 − 長岳寺
となります。


 
 
 

posted by 宮澤やすみ at 17:00 | Comment(0) | 仏像ネタなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする