2011年11月02日

(写真あり)「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展 内覧会レポート

いま、上野の東京国立博物館では「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展が開催されています。

先日、報道内覧会に行ってきました。
(写真は、特別な許可を得て撮影したものです。会期中の撮影は禁止です)

基本的に、絵画、絵巻、書簡がほとんどです。
ポスターとかに出てる有名な「早来迎」の絵が見ごたえあります。
そのなかで、仏像目線での注目ポイントはというと、「三尺阿弥陀」と「浄光明寺の阿弥陀三尊」になりますかね(これだけじゃないですからね。ほかにもありますよ)。

浄土信仰に帰依するみなさんの間で流行したのが三尺阿弥陀。
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小ぶりな立像で、金泥を使ったりして渋い造りが特徴(金箔押しのもあります)。
有名なのだと東大寺俊乗堂の快慶作のやつがありますよね。

金泥って、わかります? 
膠(にかわ)に金粉を混ぜて、塗る技法です。ツヤ消しの渋い輝きが魅力。

手のポーズは「来迎印」。浄土信仰では、極楽浄土から阿弥陀さんがお迎えに来てくれる「来迎」が大きなテーマだったので、それを表してるそうです。

横から像を見ると、前のめりになってて、今まさに「お迎えに来ましたー」って感じがします。


さて、順路を進むと大きな部屋にどーんと並ぶのが浄光明寺の阿弥陀三尊像。
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このお三方、鎌倉で何度も観てきたけど、「こんなに大きかったっけ?」という印象。
新たに(?)台座も造られて、見上げる高さです。

普段会ってる友人がライブに出るのを観に行って、ステージ上の友人が妙に大きく見える、みたいな。
晴れの舞台に立った三人組、応援したくなります!

注目すべきは3つのキーワード。「土紋」「宋風」「説法印」です。

阿弥陀如来の服を見ると、表面がぼこぼこと盛り上がってます。これが「土紋」。粘土を型に詰めて、押し当てて作る。鎌倉だけに残る貴重なものです。花の形を模して、和菓子の落雁みたい。

両菩薩は、クールな顔立ち、流れるような衣文、高く結い上げた髻が、鎌倉後期に流行った「宋風」の特徴をよく表しています。
それまでの運慶の血気盛んな感じから、ちょっとクールダウンした感じですね。

で、阿弥陀さんの「印相」は説法印。それまでは「来迎印」でお迎えを待ってたんだけど、この時代になると思想が変わってきたそうで。
念仏とかちゃんとやってる人はすでにもう救われることが決定している。だからわざわざ来迎は必要なし。極楽浄土で説法している姿こそ仏像にしよう、という考えなんだそうです。
ナムアミダブツの世界もいろいろ変遷があるんですね。

法然さんがご活躍の平安中期は、いわゆる「末法思想」が広まっていて、貴族はお金をかけて一生懸命極楽浄土をこの世に現出させたんですが、お金が無い庶民はもうあきらめムードだったらしいです。
いっぽう、台頭し始めた武士は、毎日人を殺して「罪業意識」が強かった。
ちょうどそのころ源信ってお坊さんが書いた『往生要集』で地獄の世界がくわしく説かれた。

 どうせ死んだら地獄行き

というネガティブ思考が、阿弥陀さんに救ってもらって来世に望みをかける考えにつながったみたいです。

そこから浄土教の教えが広まって、なんだかんだいろいろ発展したそうです。

その後、武士の罪業意識は移り変わって、自分磨きに精を出す禅が台頭してくるんですけどね。仏教の流行もいろいろありますね。

ちなみに夏にやってた「空海と密教」は、法然さんより前の、平安前期の話です。

仏像そのものもいいですが、仏像の背景にある日本の仏教史を理解するのにいいんじゃないでしょうか。

 
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こういう展示にはフィギュア販売がつきものだけど、まさか法然本人とは(笑) 親鸞もあります。


 法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌 特別展
 法然と親鸞 ゆかりの名宝
 2011年10月25日(火)〜12月4日(日)
 http://www.honen-shinran.com/


タグ:仏像 東京
posted by 宮澤やすみ at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

空海展と上野仏像ウォッチング

この夏、東京国立博物館の「空海と密教美術展」が話題です。
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(この写真は報道内覧会で特別な許可を得て撮影したものです)

ぼくのツアーでも、この展覧会のみどころ解説と上野公園の仏像、神社仏閣スポットをめぐるツアーが人気です。

その内容を紹介しますと、まずは上野公園。
もともと寛永寺の寺領だったこの地には、仏像もたくさん。写真は上野大仏。
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ここを管理されている方には雑誌やNHKの取材で何度もお世話になっていて、応援して下さいます。
ありがとうございます!

寛永寺ができるまえに鎮座していた五條天神社、花園稲荷など神社もかなりイイです!

そして公園下の中華料理「過門香」でランチ&みどころ講座!
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ここで知識と「ここを見て!」というポイントを仕込んで、いざ「空海と密教美術展」へ!

みなさんとても楽しんでくださっています。
8月に2回、9月に1回予定していますが、申し訳ありません!すでにキャンセル待ち状態になっているそうです・・・
いちおう、ご案内サイトはこちらです
クラブツーリズム【寺旅】宮澤講師同行 「空海と密教美術展」と上野仏像ウォッチング

あと、8月は都内の人気「大観音(おおがんのん)」をめぐるツアーも予定してます。暑い中ですが、バスでいきますから楽ですよ。
よかったらどうぞ(^-^)
クラブツーリズム【寺旅】宮澤講師同行 息を飲む迫力!東京三大「大観音」と江戸の大仏

この夏、密教美術がアツイ!大仏がアツイ!
迫力ある仏像を目の当たりにして、ばばんと大きな心持ちになりましょう!
夏バテ解消にもぴったり!?
posted by 宮澤やすみ at 17:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

シュルレアリスムが「いい人疲れ」を癒す?『シュルレアリスム展』取材記

国立新美術館で開かれている「シュルレアリスム展」の報道内覧会に行ってきました。
日ごろ仏像神社仏閣に関わっていますが、こういう世界もけっこういけるクチなんです。何年も前、パリのポンピドゥーセンター(国立近代美術館)を訪れて、外壁を這うジグザグエスカレーターを上りながらワクワクしたものでした。

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シュルレアリスムの全貌が一堂に
(特別に許可を得て撮影。ふだんは撮影禁止です)

さて今回、オープニングでスピーチしたのは、本展を監修したポンピドゥーセンター副館長のディディエ・オッタンジェ氏。細身の長身にダブルのスーツが似合ってました。日本人じゃこうはいかない。顔立ちは遠目だと柴田恭兵みたいだったけど近くで見たら山田康雄(ルパン三世の声優さん)みたいでした。
まそんなことはともかく、ぼくの印象に残ったのは、この方が発したひと言でした。

世界で一番シュルレアリスムに興味を示してくれるのは、日本人です

どうやらこの言葉こそ、本展を語るのに重要なキーワードになりそうなんです。

「ダダ」から「シュル」へ

この展覧会では、シュルレアリスムの原動力となったダダイズムから、シュルレアリスム後のアンフォルメルまで、時間を追って変遷を一望できるまたとない機会になっています。しかも絵画、彫刻、映画、当時の資料までてんこもり。

旧来の美術に反抗して「こんなものだってアートだぜ!エヘヘ」とやったのがダダの創始者マルセル・デュシャン。これを皮切りに美術界がなんでもあり状態になるのですが、そんな20世紀美術界で大きな動きになったのが、アンドレ・ブルトンが提唱したシュルレアリスムです。

本展では、おなじみのサルバドール・ダリやキリコ、ミロなどの作品もあります。ぼくが大好きなジャコメッティの彫刻まで!エロスと死の香り満ちた『喉を切られた女』は必見。

シュルレアリスムでは、(おおざっぱにいうと)作者が自身の深層と向き合い、そこから湧き出る心象を、そのまま正直に形にすることがテーマで、「自動筆記(オートマティズム)」などの手法が執られます。
作家個人の心象風景に多くの人が共感する。ということは、人の心の奥底に潜むものというのは、多くの人に共通するところがあるのかもしれません。

人心の奥底を覗くのはおもしろいもの。日ごろ善良な市民の顔をしている人であればあるほど、性癖が異常とか、やばい宗教にハマってるとか、なにか裏があるものですよね。というか、そうあってほしい(笑)。完全完璧ないい人って逆に気持ち悪いですからね。
近ごろは若いスポーツ選手なんかが「完璧ないい人イメージ」を植え付けられて世間から崇められていますが、たしかにあの清々しさに尊敬の念を抱きつつも、ちょっとした怖ろしさも同時に感じてしまうのは、ぼくだけではないはず。

「シュル」を日本人が好む理由

近ごろはTwitterやFacebookなどソーシャルメディアが発達しています。ぼくがツイッターを始めたのは昨年ですが、早くも「ツイッター疲れ」のきざしが……。大勢の人に見られていると思うと、下手なことが書けない。なにか良いことしか書いちゃいけないような気がして、結局当たり障りのないことや挨拶や告知情報しか書けないではないですか(ま、それだけで充分ですが)。
ぼくが日仏会サイトで遊び始めた1996年ごろには考えられないほど、ネット社会は成熟した。だから発言に慎重になるのは当たり前ですが、ツイートするのにいちいち気を使わないといけないというのは疲れます。挙句の果てに、こんなことで疲れる自分はおかしいのでは? 自分はどれだけ社会に対して仮面をかぶっているんだ、と哀しくなる始末。
まあ自分のことはともかく、君もいい人僕もいい人、社会全体が「いい人であれ」と無言のうちに強制しているような、ある種の窮屈さを感じるのは、私だけでしょうか。


ところで、日本では「エログロナンセンス」に代表されるように、じっとり湿った暗さを帯びた、ぐちょっとして気色の悪い世界がもてはやされてきました。戦前の江戸川乱歩、戦後の寺山修二の作品など。日常の陰に潜む人の心の暗がりを赤裸々に表現した作品は、日本人が大好きなテーマです。江戸期の伊藤若冲の作品とか浮世絵なんかにもかなりグロくてキッチュな作品があったと思います。
いわば、ニッポンには独自の「超現実=シュルレアリスム」が前から存在していたわけで、戦後「フランスでシュルレアリスムってものが流行っているらしい」と知ると、欧米大好き日本人がこぞって飛びついたというのも自然なことだと思います(ぼくだってその一人です。一時期、現代美術にかなりハマったもので)。

光の射さない部分に潜む暗がりをこよなく愛する日本人。シュルレアリスムの、人間の内面をさらけ出すようなヴィジュアルは、きっと日本人の「エログロ」嗜好に響いたことでしょう。そして21世紀の今でも心に響くと思います。

今回の展示では、エリ・ロタールの「食肉処理場」シリーズや、ヴィクトル・ブローネルの「欲望の解剖学」なんか、残酷でエロくてじめじめして、かなり日本人にウケるんじゃないでしょうか。

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ダリが関わった実験映画『アンダルシアの犬』と『黄金時代』を
左右同時に鑑賞できるなんて。これは精神にくる!(笑)

「いい人」に疲れたら

逆に言えば、いかに日本社会が普段「内面を隠しているか」ということがいえるのではないでしょうか。社会の窮屈さは20世紀から変わっていない、それどころかさらに増しているのかも。

ふだんの生活で、良識ある市民を演じることを強いられる当世「いい人社会」。ちょっとずれているとすぐにコミュニティからはずされるんじゃないかという強迫観念。「空気を読む」ことが美徳とされ、「いい人」の仮面をかぶって、ツイッタ―には「いい人が言いそうなつぶやき」だけが残る。

仮面をかぶっていればいるほど、内面にたまった汚泥が深くなる。そういった内面とバカ正直に向き合い表現している作品群を目の当たりにして、ぼくはゲロを吐き終えた時のような、ちょっとした爽快さを感じたのでした。

「いい人」でい続けることに疲れを感じるのは当然のこと。この展覧会は「いい人疲れ」をした日本人にとって癒しの場になるかもしれません。


リンク:
シュルレアリスム展―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による―
 
posted by 宮澤やすみ at 21:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月24日

レベッカ・ホルン展:現代アートがんばれ

先日のことですが、ひさしぶりに東京都現代美術館を訪れました。
かねがね「レベッカ・ホルン展」に行きたかったので、終了間際に、駆け込みで。

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この人の作品は、立体作品がダントツにおもしろい。

鳥の羽とか蝶とか、それを模した金属を、モーター駆動で静か〜に動かす。

その動きがじつに気まぐれで、死んだように静止してるかと思うそばから突然動き出したり。「生きている彫刻」とでもいいますか。
予測できない動きを、息を殺してじっと見守るこちらは、まるで植物の成長を観察するような気分になります。

ポスター(写真)にある、天井から吊り下げられたピアノは、30分くらい静止した後、突如グランドピアノの蓋を開き、88鍵の鍵盤をどちゃーっと外に吐き出す。
吐き出すときに中のピアノ線(弦)がこすられてぎゃぎゃぎゃーと音が鳴って、ピアノ君が苦しそうにゲロを吐いているよう。

こうしたふしぎなオブジェを登場させた映像作品もおもしろかったです。

この展覧会に行きたかったのは、15年前にニューヨークでこの人の作品を見て、非常に興味をひかれたから。
自分も当時は現代アートが大好きで、いろんなものを見てまわっていました時代です(遠い目)。

初めて旅したニューヨーク。昼はアート漬け、夜はジャズ漬けという日々をすごしました。
日本でもラフォーレミュージアムで横尾忠則の作品にビンビン来て気持ちよくなっちゃったり、セゾン美術館に通ったりもしたなあ。

年月が経つと、最近のコンテンポラリーアートって、まず企画意図ありきで、言葉をこねくりまわし、まずコンセプトへの理解を強要させるものが増えてきちゃった気がして、

ヘタすると作品そのものより作品の解説文のほうが印象に残っちゃったりして、
なんなら作品がなくても解説文さえあればいいんじゃないかという気がしちゃって、
「結局企画モノじゃん」って思うととたんにつまんなくなっちゃっておりました。

普段の生活でいろいろ考えさせられるのにアートでも考えさせられたら疲れるもんね(笑)

そこいくと、15年前にニューヨークのグッゲンハイム美術館でみたレベッカ・ホルン作品は強烈な印象でしたよ。
前情報もなく、日本語表示もないから、まっさらな心持ちで作品に触れることができた。これが良かったんだと思います。

言葉が仲介しない作品は、強力です。

自分は書や音楽で、言葉を用いる作品と向き合ってきましたが、そのへんでいつも葛藤があります。
書のほうは、最終的に抽象画と言語の境目をさぐるような作品を連発しまして、それで一段落したのでした。
音楽は、とくに唄もやってるとどうしたって言葉から離れられないよね。どうしたらいいんだろね。


自分が鑑賞する立場なら、横尾忠則もそうだけど、余計な言葉を介さなくてもなにか自分の感性に触れてビンビンと「感応」できるアートが好きですね。
(今だとスピリチュアルってのが流行ってるけど、それともちがう気がするんだよな・・・むむむ)
しばらくこの世界から遠ざかってけど、またあの感覚を味わいたいなあ。

タグ:アート 東京
posted by 宮澤やすみ at 22:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | 美術展・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

根津美術館、その裏手の巨大観音

先日は、麻布の長谷寺で雑誌の撮影があり、表参道駅から向かう途中に新装オープンした根津美術館を通りました。
そこにポスターが張り出してあって、国宝の「那智滝図」が出るのというので、もう気になってしかたなく、撮影終わりに立ち寄りました。

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思わせぶりなエントランス

滝の絵は、近くでみるとぼや〜っとしていて、大きな刷毛でざざっと落書きしたみたいだけど、遠くからみると滝の流れと岩の感じがありありと見えておもしろかったです。

リニューアルした根津美術館は、建物はまったく変わっていて、現代美術館のような空間になっていました。お庭は変わらず。

根津美術館


ここは仏像あり、茶碗あり、古代中国ありで、ハマると大変です。

18日からは茶の湯の展示で、青井戸茶碗とか雨漏堅手(ポスターにはあったけど、出るのかな?)が見られるという、茶碗好きなら行ってみたい展示です。
仏像も好きだけど、茶碗もけっこう好きなんだな。

で、美術館の裏手にあるのが長谷寺(ちょうこくじ)なんですよ。
ここには巨大な木造の観音さんがいる。
一木造で、高さ10mという大迫力。これが都心の麻布にあるんだもんねえ。知らなかったねえ。
私の著書『東京仏像さんぽ』表紙カバー帯にある写真がそうです。


根津美術館サイト:
http://www.nezu-muse.or.jp
posted by 宮澤やすみ at 18:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 美術展・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする